Capas National Shrine 第二次世界大戦のモニュメント

ターラック州にあるカパスは、外国人が全く来ない街だが、ここには第2次世界大戦時にデスマーチと呼ばれる日本軍の行った残虐な作戦の戦死者を悼むモニュメントがある。
日本人が観光気分で行くような場所ではないのでほとんど知られていないが、フィリピン人にはそこそこ有名のようだ。
ちなみに、死の行進(デスマーチ)とは、戦時中、日本軍が連合国軍捕虜をルソン島にあるバターン半島のマリベレス(マニラ近郊)からターラック州カパスまでの120㎞ へと護送するするために捕虜を徒歩で行軍させた時に多くの命が失われた事から死の行進と呼ばれる。

カパスへ
マニラからカパスへはバスでバギオ方面へ約4時間で到着。バスを下車した国道沿いは埃っぽい一般的なフィリピンの都市のような雰囲気。
カパスはターラックへのベッドタウンのような場所で、取り分け有名な観光地も無い。街の中心地であると思われるカパスジャンクション周辺には大型スーパーやレストランのチェーン店が一応あると言った感じ。

そこから Capas National Shrine へはトライシクルで15分。田舎なので、渋滞もほとんどないがトライシクルで15分とは意外と遠いので、とても歩ける距離じゃない。
近くにはCristo Reyという住宅街と開発中のNew Clark Cityと言うニュータウンがあるので計画次第では発展しそうな感じもある。

記念碑がある公園前に到着するとまず目に留まるのは70mの塔とそこへ続く石畳だ。
塔まで真っすぐ伸びる白黒のタイルのような道と左右に並ぶフィリピンの国旗が映えるが、嘘のように人が少ない。
入場料は50ペソ、学生20ペソ。以前は外国人料金があったようだが、現在はフィリピン人も外国人も学生以外は同じ料金のよう。
公園内にはピクニックに使うテーブルもあり、休日は地元の人たちも訪れるようだ。

入場料を払い公園に入り、塔まで向かうが意外と遠いのがわかる。モニュメントである塔の下に到着するとその高さに驚く。
そのモニュメントの美しさは素晴らしいが、それが建てられた理由である酷い歴史に言葉を失う。
そして、記念塔を囲うように戦争の犠牲になった人たちの名前が刻まれている碑を一周してみると、すごく重い気分になる。

Bataan Death March バターン死の行進とは 
第2次大戦中の1942年4月、フィリピンで日本軍に降伏したアメリカ軍とフィリピン軍の捕虜にバターン州のマリベレスからオドネル収容所のあるカパスまでの距離120km ある中の半分近くを食料や水も与えず、炎天下の中、3週間近くもかけ徒歩で行軍させた。
バターン死の行進には、フィリピン人66,000人とアメリカ兵9,900人。そのうち、 フィリピン人2500人とアメリカ兵500人が道中で亡くなり、到着後の捕虜生活の中でフィリピン人26,000人とアメリカ兵1,500人が亡くなったと言われている。
詳しくは事務所でもらえるパンフレットに書いてある。

観光客自体が少ないのか、見かけた人はほとんど地元の学生たちだった。
すれ違う人に国籍を聞かれて日本と答えたが、特に変な感じにはならなかった。でも、正直、日本人がここへ来ること自体があまり歓迎される事じゃないような気がする。
ここに展示してある碑やモニュメントにはそれぞれ説明文があり、どれもこれも日本軍が行った非人道的な事に言及している。この公園はデスマーチの犠牲者への場所で、同時に当時の日本が批判される場所でもある。その公園に日本人が観光気分で訪れるのは、ちょっと違うのかもしれない。
しかし、我々日本人が負の歴史を学ぶ事も大切なのも事実だ。

記念碑から徒歩15分位で吊り橋へ行けるが、ここは戦争関係の場所というよりも自然公園のような感じになっている。
道は整備されたきれいな道路なので歩き易く、広大な公園だが1時間位歩けば一周できるので、記念碑と併せても2時間位あれば足りる。
車もバイクも入って来れるようだが、ほとんど見かけなかった。休日は家族で来る人が多いと聞いたので、車両が増えるのかもしれない。
ターラックの気温自体が高いのと、日光を遮る物がないのでとにかく暑い。公園内には売店が一軒しかないので、炎天下の中歩き回るのなら十分な水は確保しておかなければならない。